2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【1920〜1964】ヤンキース黄金時代を語れ

1 :フィル・リズートー:03/12/09 21:04 ID:PQGL6VV2
ルース、ゲーリック、ディマジオ、マントル、マリス・・・

大リーグの歴史を変えた数多の伝説的プレーヤーを生み出した、
かつてのNYヤンキース大黄金時代についてウンチクを語りましょう。



2 :神様仏様名無し様:03/12/09 21:21 ID:ZJxqUYmd
今も黄金時代だよ。

50年したら語られるわけだよ。

その一員に松井がいる。

これは偉業

3 :神様仏様名無し様:03/12/10 14:37 ID:B5FVHJmh
<<マタンゴが生えました>>
  /⌒\
 /∴∵∴\
(wWwWw)_________
 "⌒◎◎r⌒<糞スレのヨカーーン!!
 _-/し|-_  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 _-( ∀/-_ -
 ー_"二_ー     マタンゴ
 ※マタンゴの生えたスレッドは立派な糞スレ。
 ※見かけた糞スレにコピペすると吉。

4 :ポンチョ伊東:03/12/10 14:51 ID:1UxekY9E
ヤンキースWシリーズ成績とその年の主な出来事

1921 3−5ジャイアンツ ルース59本塁打
1922 0@4ジャイアンツ
1923 4−2ジャイアンツ ゲーリック入団 初制覇
1926 3−4カージナルス 
1927 4−0パイレーツ   シーズン110勝 ルース60本塁打 ゲーリック47本塁打  
1928 4−0カージナルス
1932 4−0カブス     ルース予告ホームラン
1936 4−1ジャイアンツ ディマジオ入団
1937 4−2ジャイアンツ
1938 4−0カブス
1939 4−0レッズ     5月ゲーリック引退 4連覇達成
1941 4−1ドジャース   ディマジオ56試合連続安打
1942 1−4カージナルス
1943 4−1カージナルス ディマジオ兵役
1947 4−3ドジャース   Wシリーズがはじめてテレビで放送
1949 4−1ドジャース
1950 4−0フィリーズ
1951 4−2ジャイアンツ ディマジオ引退 マントル入団
1952 4−3ドジャース
1953 4−2ドジャース  新記録の5連覇


5 :ポンチョ伊東:03/12/10 15:04 ID:1UxekY9E
ヤンキースWシリーズの成績とその年の主な出来事

1955 3−4ドジャース 6度目の対決ではじめてドジャースに敗れる
1956 4−3ドジャース マントル三冠王(.353 本52 点130)
1957 3−4ブレーブス
1958 4−3ブレーブス
1960 3−4パイレーツ マリス加入 Wシリーズ最終戦サヨナラホームランで敗れる
1961 4−1レッズ    マリス61本塁打 マントル54本塁打
1962 4−3ジャイアンツ 
1963 0−4ドジャース  コーファクス ドライスデールを打てず
1964 3−4カージナルス  ベラが監督になる。 ボブ・ギブソンに抑えこまれる
1976 0−4レッズ     キャット・フィッシュ・ハンター獲得 黄金時代のレッズに完敗
1977 4−2ドジャース   ジャクソン加入 Wシリーズで3連発を含む5本塁打
1978 4−2ドジャース   14.5ゲームを追いつきボストンとの決定戦で優勝を決める
1981 2−4ドジャース
1996 4−2ブレーブス  第3戦レイリッツのホームランで流れが変わる。15年ぶりの制覇
1998 4−0パドレス    
1999 4−0ブレーブス クレメンス加入
2000 4−1メッツ     初めてメッツと対戦
2001 3−4Dバックス  第7戦最終回にひっくり返される





6 :ポンチョ伊東:03/12/10 15:10 ID:1UxekY9E
今年が抜けてた

7 :神様仏様名無し様:03/12/10 22:33 ID:655DPlK3
キャットフィッシュね。

8 :神様仏様名無し様:03/12/12 16:45 ID:lm0lZkuv
捕ポサダ
一マルチネス
二ソリアーノ
三ブロシャス
遊ジーター
外ノブロック
外ウィリアムズ
外オニール
Dスペンサー


9 :神様仏様名無し様:03/12/20 20:51 ID:r83mxLD9
>>8
2001年ごろ?

10 :神様仏様名無し様:03/12/20 20:56 ID:i5QQAYpc
1920〜1964って凄い昔だな
コアな野球ファンはこういうところも研究したりしてるのか・・
凄いなぁ。
俺は今の野球しか見ていない。まだまだ甘いっす

11 :神様仏様名無し様:03/12/21 12:21 ID:ywJ7QKaF
歴史ヲタの野球版みたいなものか

12 :神様仏様名無し様:03/12/21 12:32 ID:byAEOmiu
とりあえずハルバースタムの本は必読だな。
「男たちの大リーグ」と「さらばヤンキース」



13 :神様仏様名無し様:03/12/21 12:53 ID:ywJ7QKaF
>>12

さらばヤンキースは1964年のヤンキースを扱った奴だったな

14 :神様仏様名無し様:03/12/21 15:05 ID:P2m37XT5
っていうか98年はパドレスに勝って欲しかった。
グウィンにリングをあげたかった。
弱いチームで投げてたといわれるライアンだって持ってるのになあ。

15 :神様仏様名無し様:03/12/21 15:21 ID:byAEOmiu
>>14
あの年のヤンキースは歴代のチームでもトップクラスのチームだから仕方ないね。
第1戦と第3戦はパドレが勝てるゲームだったんだが・・・

16 :神様仏様名無し様:03/12/22 12:24 ID:tsWaY8nb
一番面白かったのは2001年だな。ヤンキースは敗れたが

17 :神様仏様名無し様:03/12/22 13:14 ID:hgm+N7E9
2003年じゃねえ?
あのワールドシリーズ3ランで一気に決まると思ったが

18 :神様仏様名無し様:03/12/22 17:17 ID:WEFPHCcw
ライアンてメッツ時代の1つだけだろ?

19 :神様仏様名無し様:03/12/22 19:05 ID:6AtJinvU
>>18
当然。ミラクルメッツの一員だもん。

20 :神様仏様名無し様:03/12/23 01:04 ID:/c1ItV2j
メッツと言えば球団創設当時は弱小球団で毎年のようにシーズン100敗以上を喫したり悲惨なシーズンが続いてたけど、観客動員数では同じニューヨークにあったヤンキースを凌駕してたと言われてるw

21 :神様仏様名無し様:03/12/24 01:16 ID:iioT6QlM
1965年以後のヤンキースの凋落振りだが、MM砲が長持ちしなかった誤算もあったんじゃないかなと思う。
実質的にマントルとマリスのMM砲が活躍したのは1960年〜64年の5年間だけ。
それも63年はマントル15本、マリスが23本と殆ど機能せず。

1961年にルースの記録に二人で挑戦し、最終的にマリスが新記録の61本、マントルが自己最多の54本を記録。
この時の二人の年齢はマントル29歳、マリスが27歳と、選手としてはこれから脂が乗り切るかと思われたが・・・。
ルースの記録が抜かれるのを快く思わないファンからの嫌がらせ等に苦しめられたマリス、そして慢性化した数多くの怪我や故障に苦しめられたマリス。
かつてのルース&ゲーリッグ、日本で言うON砲みたいな常に輝かしい栄光に包まれたのとは違い、この二人からはどこかしら悲哀めいたものを感じさせる。

22 :神様仏様名無し様:03/12/24 01:17 ID:iioT6QlM
>そして慢性化した数多くの怪我や故障に苦しめられたマリス。

マントルです、スマソ。

23 :神様仏様名無し様:03/12/27 14:53 ID:N2WJfSZV
1949年〜53年のワールドシリーズ5連覇の時のメンバーを見てみると、そんなに凄い選手がズラリと揃ってたのかなぁって感じがする。
この頃のヤンキースは、大スターのジョー・ディマジオが引退に迫ってて、チームとしては過渡期に差し掛かっていた時期。
史上最強のスイッチヒッター、ミッキー・マントルは途中の51年からヤンキースの一員に加わるけど、この頃はまだ未完の大器という感じが否めない。
大エースホワイティ・フォードも50年にデビューした後、スグに徴兵されてようやく最後の年の53年にメンバーに復帰。(この年18勝6敗の好成績を残して復活)

24 :神様仏様名無し様:03/12/29 01:45 ID:GP2lJyGw
>>1949年〜53年のワールドシリーズ5連覇の時のメンバーを見てみると、
>>そんなに凄い選手がズラリと揃ってたのかなぁって感じがする。

この頃のヤンキースは相手投手の左右と個々の選手の調子や相性によってスタメンをガラリと入れ替える、
2プラトン戦法で戦う総合力のチームだった。
傑出した大打者は特大HRで名を馳せつつあったマントルくらい。
しかしながら選手層が厚く、脇を固めるいぶし銀の好選手が数多くいた。
正捕手&勝負強い打撃のべラ、カージナルズ・ジャイアンツ時代に4度のHR王の実績のあるベテランの代打屋マイズ、
ヤンキース史上最高の名手と謳われた遊撃手リズードー、地味ながらワールドシリーズでの活躍が光った後の名監督マーチン・・
そういった多士済々の面々を人心掌握術に長けたステンゲル監督が好采配で巧みに操縦し、
同一リーグのレッドソックス、インディアンス、ワールドシリーズを戦ったドジャーズ、ジャイアンツといった
ライバルとなる強豪チームも、伝統的なここ一番での勝負強さとチームワークで打ち破り続けて偉大な5連覇を達成した。
傑出した強さは無いけど監督の采配と求心力によって個性派選手たちが結束した好チームだったって感じ。
最近の日本のプロ野球のチームに例えると、連覇を達成した時の仰木オリックスみたいなチームだったんじゃないか。


25 :神様仏様名無し様:03/12/29 04:26 ID:4sWP30xn
>>17
シリーズを通せば2001年
あんなこと2度と起こりえない。


26 :神様仏様名無し様:03/12/29 10:01 ID:PIewOGZt
>>24
そのステンゲル監督のツープラトンシステムには欠かせなかったのが、左右両打ちであるミッキー・マントルだったワケだな。

ワールドシリーズ5連覇の後、1954年はステンゲル監督就任以来最高の103勝を挙げながら、インディアンスがリーグ記録の111勝を挙げて前人未到の6連覇を逃す。
1955年にはミッキー・マントルが37本塁打で初タイトル等、収穫のあるシーズンだったがワールドシリーズではドジャース相手に初の敗退を喫する。
翌56年にはマントルが.353 52本塁打 130打点という堂々たる成績で三冠王に輝き、素質を完全に開花、ワールドシリーズでもドン・ラーセン投手の完全試合という大快挙もあり、3年振りに覇権を奪回。
この年のヤンキースはチーム全体で190本塁打(球団記録)、857得点(何れもリーグ一位)を叩き出した強力打線で圧倒したが、逆に5連覇を達成した時に比べてチームにスキが出てきたようにも見える。
三年後の1960年にはマントルが40本、マリスが39本と強力なMM砲を擁し、ワールドシリーズでも投打共にパイレーツを圧倒しながら、最終戦でマゼロスキーのサヨナラホームランで敗退。
この年は主に投手起用のミス等が目立ち、かつてワールドシリーズ5連覇の時の一枚岩となってまとめ上げたステンゲル監督のチーム掌握術、求心力等が完全に薄れてしまった結果とも言える。

この年、70歳という高齢を迎えていたステンゲル監督はシーズン後には解雇される。
『もう二度と70歳になるという馬鹿な真似はしない』という名言(迷言?)を残して。

27 :神様仏様名無し様:03/12/29 19:23 ID:eIeVmJcG
>>1-26
本でしかしらないニワカが必死だな
ゲラゲラゲラ

28 :神様仏様名無し様:04/03/08 02:33 ID:2SUrbLFO
昔のヤンキースはいいですねえ。
今のヤンキースは小粒です。

29 :神様仏様名無し様:04/03/08 12:18 ID:T04qr6o0
>>25
1960年だ。
この年のヤンキーズはチーム本塁打193本のAL記録、打点王にマリス、本塁打王にマントル(つか2位もマリス)を擁し、
シーズン最後は15連勝でワールドシリーズに臨む。
片やパイレーツは33年ぶりのワールドシリーズ出場、相手は同じヤンキーズ。33年前はひとつも勝てずに敗退している。
世界の中心ニューヨークと、鉄鋼の町ピッツバーグ。勝負はやる前からついているように思われた。

第1戦 フォーブズ・フィールド ×NYY4-6PIT○
第2戦 フォーブズ・フィールド ○NYY16-3PIT×
第3戦 ヤンキー・スタジアム ×PIT0-10NYY○
第4戦 ヤンキー・スタジアム ○PIT3-2NYY×
第5戦 ヤンキー・スタジアム ○PIT5-2NYY×
第6戦 フォーブズ・フィールド ○NYY12-0PIT×

6戦までの総得点はPIT17、NYY46。ボビー・リチャードソン(NYY)は1試合6打点、シリーズ12打点、1試合2三塁打の
WS記録を達成。ホワイティ・フォード(NYY)は3戦と6戦で完封勝利。マリスは1,5戦で本塁打、6戦では3安打。
マントルは2戦で2本、3戦でも本塁打。ヤンキーズ打線が打ちまくり、フォードが見事に抑えたシリーズだったが・・・

第7戦 フォーブズ・フィールド
NYY 000 014 022
PIT 220 000 051x
それでも、マゼロスキー(PIT)のサヨナラHRに沈んだ。両チーム総得点82は未だにWS記録。MVPは史上唯一
敗戦チームからボビー・リチャードソンが選出された。
NYY監督のケーシー・ステンゲルはこの敗退の直後、「高齢を理由に」解任されてしまう。


30 :神様仏様名無し様:04/03/08 13:07 ID:hIu2RWvZ
>>25
>>17は2003年のWSしか見てないんだよ・・

31 :神様仏様名無し様:04/03/08 20:07 ID:oyaIc2jb
90年頃に大リーグ(当時はメジャーなんてあんま言わなかったな)を観てたんだけど、
ヤンキースの低迷時代だったよね。
その中でもマッティングリーのカッコ良さは際立ってたが。他に誰がいたっけ?

そう言えば伊良部、チャンピオンリング持ってるんだよなあ。
心の底からうらやまC

32 :神様仏様名無し様:04/03/21 00:40 ID:SzimKKUn
そう言えば伊良部、ワールドチャンピオンになった年にスピーチやったんじゃなかったっけ?

33 :神様仏様名無し様:04/03/21 18:12 ID:6Ts4g9wl
誰かパワプロで、ルースやゲーリックを作成きぼんぬ

34 :神様仏様名無し様:04/03/21 19:36 ID:OU+zTGtV
ヤンキースは49年から「帝国」と呼ばれた黄金時代を謳歌する一方で、黒人選手の登用にはきわめて消極的で、
その傾向はインディアンスやホワイトソックスなど一部の例外を除いたア・リーグの他チームにも波及。ジャッキー・
ロビンソンのあとにも、ウィリー・メイズ、ハンク・アーロン、アーニー・バンクス、フランク・ロビンソンなど、パワーと
スピードを兼ね備えた黒人の名プレーヤーが次々と出現し、打撃タイトルやMVPに輝いたナ・リーグに対し、
ア・リーグのレベルは60年代を境に下がり始める。
さらに、戦前から好プレーヤーを供給していた自慢のファームシステムも50年代に縮小され、マントル、マリス、フォードに
明らかに衰えが見えてきた63年ごろには、ファームのどこを探してもその後継者足りうる人材は見つからなかった。
64年のシリーズでヤンキースを破ったのが、47年のロビンソンのデビュー時には試合のボイコットまで示唆し、黒人選手の
登用が遅れながら、50年代末からその方向を転換し、カート・フラッド、ボブ・ギブソン、ルー・ブロックらの優れた黒人選手を
中心にすえて成功したカージナルスだったというのは、ヤンキースの凋落を象徴する出来事だった。
今季予想されるヤンキースのスターティングラインナップで、白人はジェイソン・ジアンビーだけになっているのは、改めて歴史
の移り変わりを感じさせる。



35 :神様仏様名無し様:04/04/07 07:21 ID:I0Lw9MdN



36 :神様仏様名無し様:04/04/07 07:40 ID:Qlg4ji3X







37 :神様仏様名無し様:04/04/07 08:01 ID:UCEZ5jlt
>>29
どの本から引用したんですか?

38 :神様仏様名無し様:04/04/07 13:49 ID:GTWQS3mN
オレの持っているビデオでは1960年のヤンキース対パイレーツのワールド・シリーズから
カラーになっている。やや赤ばんでいるカラーだが。

39 :神様仏様名無し様:04/05/03 17:32 ID:0HvedOlL
>>31
その頃か少し前かもしれないが、デイヴ・ウィンフィールドやロン・ギドリー、マット・ノークス、リッキー・ヘンダーソン、
ジャック・クラーク、スティーヴ・サックス、ウィリー・ランドルフなんかいた。
ギドリーとランドルフ以外お得意のかき集め戦法だが。
あと西武にいたマイク・パグリアルーロなんかもいたね。

40 ::04/05/03 21:02 ID:uVidAz2g
グヒヒ








                                                                                                                      ニワカ

15 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)